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税理士・社会保険労務士
青山税理士事務所
  

タケノコ掘り

童心にかえって


 愛媛では、「米おこし」というそうですが、私は子供のころから「雛おこし」といっていました。その「雛おこし」を毎年親戚からいただきます。食感がなんとも言えなく絶妙で、しっかりした味が郷愁を誘うのです。
 道の駅などで見かけると、思わず買ってしまいます。しかし、手作りとはいえ量産品という限界があり、手間と素材の差は如何ともしがたく、未だに満足できる「雛おこし」に出会っていません。



 「雛おこし」、今年もいただきました。
 その親戚から「タケノコ掘り」の誘いがあり、さっそくお邪魔することになりました。 家内の縁戚にあたりますので、私は初めてご自宅にお伺いすることになります。

 町役場のあるところから、車で20分くらい県道を上り、散在する二つ目の集落を過ぎたころ、教えていただいた目印の前に着きました。
 居宅は、そこから小路を200メートルくらい下るのですが、小路の傍らには、珍客を迎えるために落ち葉を掃いた熊手が無造作に置いてありました。

 熊手の向こうで、杖を片手に出迎えてくれた彼女の佇まいに、思わず圧倒されてしまいました。そこには宴席で朗らかに語らう面影はなく、あらゆる虚飾を払って山里の厳しさと対峙している修行僧のような、気高い雰囲気がありました。

 家庭、友及び共同体の先に国家があることすら忘却し、自己の権利が他人の権利を侵害することを是とし、節度を忘れ、規範を蔑ろにして国家を貶めることに狂奔する皮相的な人々と、まさに対極の日本人の原点を見た思いです。

 このような山里は「限界集落」といわれ、共同体の機能が維持できずやがて消滅するだろうといわれています。居宅の裏庭の浅い谷の向こうには、それこそ指呼の間で、互いの健在を確認できるかのように民家が相対していました。

 利便を求め山を下りるのは容易いでしょうが、この大自然に我が身を委ねるという「くらし」は、強靭な意志がないととても維持できるものではないでしょう。 

 今年はタケノコの裏年だそうで、小ぶりではありましたがそれでもたくさん掘りました。掘りたてのタケノコを大釜に浮かすように水を注ぎ、四時間くらい弱火でじっくり茹でます。

 新鮮ゆえなのでしょうか、真水で茹でるだけで灰汁が抜け、コーンのような香ばしい香りを振り撒いていました。思わずそのまま食べたくなるほどです。
 四時間後には、とても柔らかな、それでいて食感がしっかり残っている絶妙なタケノコに仕上がります。

 
 この大釜が、柔らかい、しっかりした食感のタケノコにしてくれます。

 大釜の近くでは、赤さびた乾燥機と埃のついた繭棚が、かつて夫婦で励んだ養蚕の盛時を語っていました。繭を乾燥することを乾繭(かんけん)といいますが、繭ができて数日すると蚕蛾(かいこが)が繭を破ってでてきます。それを防ぐため、繭を乾燥させてサナギを殺します。

 私は子どもの頃、近くの製糸工場でサナギを貰って練り餌を作り、川魚を獲っていましたが、そのサナギがこのような工程でできていたのです。また乾燥機は水をとばしてカビが生えることを防ぐ効用もあったようです。

 かつての山里は、斜面の畑に桑が茂り、乾燥機の前では養蚕に従事するお二人の姿があったことでしょう。かれこれ、50年以上も前のことです。

 タケノコが茹で上がるまで、葉タバコの乾燥場跡に隣接したご自宅で、山里のくらしぶりを伺いました。周辺の斜面のスギ、ヒノキの植林は彼女一人の手作業だそうで、もう数年経つと立派なスギ林、ヒノキ林に育つことでしょう。畑も思いのほか広く、しかも手入れが行き届き、玉葱、ナス、ジャガイモ、ニラ等が整然と並んでいました。

 限界集落と戦いながら、山里で慎ましく逞しく生きている彼女の生きざまに、震えるような感動を覚えました。秋には、都会に出ていた息子さん夫婦が帰ってきて、山里ではありませんが、地元の役場のある便利なところで定年後の生活を始めるそうです。
 そのことを話す彼女の笑顔がとても爽やかでした。



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