専守防衛という政治造語
「専守防衛」は国際的な用語ではなく、国内でしか通用しない政治造語である。
戦後の日本は、東西冷戦の僥倖もあって奇跡の経済成長を成し遂げた。失われた二十年といわれながら、名目GDPは世界三位である。しかし、奇跡的な経済成長は、現実逃避のユートピアンを生んだ。
ユートピアンは「敗戦」を「終戦」で上書きし、ユートピアに引きこもった。しかし、E・H・カーがいうように、ユートピアの次元とリアリティの次元は一致することがないのである。
ワイマール共和国は、なぜ崩壊したか。それは、同国の追求した多くの政策━実際には反共政策を除くほとんどすべての政策━が、実践的な軍事力に支えられておらず、むしろそれと激しく対立したからである。民主主義は実力に基づくものではないと信ずるユートピアンは、これら気に食わない事実を直視しようとしないのである。
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政治とは、歴史の終わりにいたるまで、良心と権力がぶつかり合う場であり、人間生活のもつ倫理的要素と強制的要素とが相互に入り組み、両者の間の一時的不安定な妥協が成り立つ場なのである。
━ラインホルド・ニーバー
中国共産党は11月16日、党創建100年の歴史を総括する「歴史決議」の全文を発表した。習近平総書記の功績を讃える記述に満ちているもので、例えば、「天安門事件」は重大な政治風波(騒ぎ)と捉え、党と政府は「動乱に旗幟鮮明に反対した」として武力鎮圧を正当化している。
また、抗日戦争の起点を変更し、37年の「盧溝橋事件」から31年の柳条湖事件まで遡及している。この意味することを現代人はどのように考えているのだろうか。
すくなくとも、今回の「歴史的決議」は習氏の長期政権への布石と捉えられている。
安全保障上重要な土地の利用を規制する「重要土地利用規則法」の施行を前に、日本では不動産の駆け込み購入が進められている。太陽光用地は40%が外資だという。購入者は合同会社が多いというが、合同会社の真の出資者は公表されない。そのうち、突然中国企業であることが明らかになったりしている。
各国の政治家による中国との交流は活発だが、日本には、「日中友好議連」という「友好」の二文字が特別に加えられ中国側から期待されている集団がある。
2019年、「ジェームズタウン財団」の発表した「日本での中国共産党の影響力作戦の調査」によると、「日中友好議連」の名称を指摘して、中国共産党の統一戦線工作部などの対日政治工作に利用されていることが多いと警告している。
特に日本では「日中友好七団体」があり、米国の国防総省国防情報局(DIA)でも、日本の中国への世論や政策を中国側に有利に動かすために「日中友好七団体」を利用することがあると記されている。
日本の「閉ざされた言語空間」では、軍事力に嫌悪感を抱く人が多い。背景は江藤潤が戦後三部作で開陳した通りである。そのため、「経済安全保障」まで視野に入らないとう弊害が生まれている。中国は手段を選ばず、軍民両用技術を移転しているのだ。
「羹に懲りて膾を吹く」と笑ってはおれまい。「軍事」は国際関係論の一つの分野なのである。ニッコロ・マキャヴェッリは、「戦いに訴えなければならないときに、自国民からなる軍隊を持っていない国家は恥じてしかるべき」という。
憲法に「緊急事態条項」を加えることは論を俟たない。「経済安全保障」を視界に入れて、日本は「専守防衛」から「戦略守勢」への転換が急務である。
「専守防衛」は自ずから「必要最小限」に執着して、軍事的には破綻している論理に拘っている。「戦力の逐次投入」によって大敗した昭和17年の「ガダルカナルの戦い」を教訓にしなければならない。「必要最小限」では、国民も、企業も国も護れない。
さらに、グレーゾーンや、サイバー戦は、「専守防衛」では戦えない。10月31日、徳島の中核総合病院の電子カルテシステムがランサムウェアに感染した。データが暗号化され、身代金の支払いを請求する英文の脅迫状がプリンタから大量に印刷された。
ランサムウェアとは、ランサム(身代金)とソフトウェアを組み合わせたもので、感染すれば電子カルテやITシステムが使えなくなってしまう。患者の治療が中断し、命にかかわる事態になる。
北朝鮮が「重大かつ差し迫った脅威」となり、「中国の軍事拡張が世界平和のかく乱要因」となり、台湾有事や尖閣強奪が現実的になった今、「平和」、「平和」と唱えても踏みつぶされるだけであろう。
参考書籍等
〔1〕E・H・カー著 原彬久訳「危機の二十年」㈱岩波書店 2013.7.5発行
〔2〕産経新聞 東京朝刊「正論」 2021.11.18
織田邦男 専守防衛から「戦略守勢」へ転換を
〔3〕産経新聞 東京朝刊「正論」 2021.11.25
松原実穂子 医療機関へのランサムウェア攻撃