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忘れ去られた警告

健全なる精神よ 健全なる肉体に宿れかし

 最新の「労働力調査」から、完全失業者数と完全失業率の推移である。10万円の特別定額給付金(新型コロナウイルス感染症緊急経済対策関連)が、「非常時対応」であることが確認できるだろう。


 11日の産経新聞・「政治月旦」によれば、尖閣諸島周辺の接続水域で確認されたチャイナ海警局の船は、10日時点で連続88日になり、領海侵入も繰り返している。チャイナ海警局は人民武装警察(武警)に編入されていて、軍と一体化している。あえていえば「侵略」といえる行動だ。
 領海に侵入し「日本漁船の追尾」までしているが、画像の公表を見たことも聞いたこともない。チャイナの尖閣接近を毎日報じているのは産経だけであり、メインストリームメディアは「領海侵入」はそれなりに報じるが、連日の接近程度ではニュースにすらしないという。

 豪国防費、10年20兆円ー長距離攻撃強化 覇権主義の中国牽制
 7日の産経新聞によると、
豪紙オーストラリアンは南シナ海での摩擦や中印の衝突などは「近年の中国の極端な戦略的攻撃性から生じている」と指摘。国防分野の支出増加について、「(豪州が)直面している状況に応えるにはまだ小さい」としながらも政府の対応を評価している。
 オーストラリアに近況については、サイレント・インベージョンですこし触れた。

 翻って、日本及び日本人の防衛意識はどうだろう。憲法・前文の変な日本語、「
平和を愛する諸国民の公正と信義信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」のとおり、「チャイナは、私たちを決して裏切らない」と思っているのだろう。

 日本人の精神の退化の根源は、英文翻訳憲法の欺瞞とGHQ民政局の言論統制(江藤淳が「戦後三部作」で開陳している)にある。それらを源とした横田喜三郎等を頂点とする戦後利得者の傍流が、メインストリームメディアに巣くっている。彼らが、日本を貶めているのは間違いないけれど、彼らにぶら下がっている退嬰的な日本人のほうが深刻である。

 それにしても、日本人は、なぜ、ここまで零落したのだろうか。・・・を考えると、少なくとも、私は三島由紀夫に行き着く。

 「楯の会」の元会員によると、三島由紀夫は事件直前の最後の打ち合わせの席でこう言っている。
 「
今、この日本に何かが起こらなければ、日本は日本として立ち上がることができないだろう。われわれが作る亀裂は小さいかもしれないが、やがて大きくなるだろう
 下記、産経新聞【三島由紀夫没後45年】等参考資料による

 昭和43年から吹き荒れた「全学連共闘会議(全共闘)」の実力闘争は、2年遅れて地方大学にも波及した。私は、工業高校を卒業し、3年間の社会人生活を経て地方大学に入学した変わり種だった。とはいえ、経済的には既に親から独立していたので、ヘルメット姿の学生たちの行動が、「クラブ活動」のように思えた。

 昭和45年は私が入学した年であり、学内で繰り返される「学園闘争」に辟易していた。
 三島と森田必勝が自裁した11月25日は、頬にあたる風は冷たかったが、清く澄み渡った空気が心地よく、日差しが芝生を照らしていた。日溜まりで、練習後のひと時をチームメイトと団らんしていたその時、「三島が大変なことになっている」と一報がはいった。

 当時、私は教材以外の本を読まなかったので、三島由紀夫について知ることは限られていた。気にはなっていたけれど、やがて、喉の小骨が取れたように忘れ歳月を重ねた。
 50歳になる年の正月、ふとしたことがきっかけになって、本を読み始めた。何時の頃からだったろうか、「三島はなぜ」という疑問が時折脳裏をよぎるようになった。

 おぼろげながら、状況が見え出したのは、小林秀雄と三島由紀夫の「美のかたち」という対談本を読んでからである。そして、産経新聞の【三島由紀夫没後45年】の特集等を再考することで、私の「三島事件」は氷解した。

 「金閣寺」について書評・対談から
 小林:
つまり、あの人は才能だけだっていうことを言うだろう。何かほかのものがないっていう、そういう才能ね、そういう才能が、君のように並外れてあると、ありすぎると何かヘンな力が現れてくるんだよ。魔的なもんかな。きみの才能は非常に過剰ででね、一種魔的なものになっているんだよ。ぼくはそれが魅力だった。あのコンコンとして出てくるイメージの発明さ。他に、君はいらないでしょ、何にも。
 秋山駿氏の解説から
 
余談になるが、小林氏はこの対話で、三島由紀夫にしきりに、「才能の魔」という警告を発している。才能の魔とは、つまり、才能を持っている当の主人を滅ぼすもののことだ。三島氏が抱いている生の「悲劇」のようなものを、早くに直覚したのであろう。
 〔1〕

 「果たし得ていない約束ー私の中の二十五年」は、保守系の人たちが繰り返し引用し、取り上げてきているが、末尾の数行だけなのでわかりにくい。
 以下、少し範囲を広げて記載している。

 二十五年前に私が憎んだものは、多少形を変えはしたが、今もあいかわらずしぶとく生き永らえている。生き永らえているどころか、おどろくべき繁殖力で日本中に完全に浸透してしまった。それは戦後民主主義とそこから生ずる偽善というおそるべき※バチルスである
 
こんな偽善と詐術は、アメリカの占領と共に終わるだろう、と考えていた私はずいぶん甘かった。おどろくべきことには、日本人は自ら進んで、それを自分の体質とすることを選んだのである。政治も、経済も、社会も、文化ですら。

 ※バチルス:桿菌(かんきん、棒状・円筒形の細菌)のこと、転じて、物事につきまとい利益を奪い、害を与えるものをいう。

 
それよりも気にかかるのは、私が果たして「約束」を果たして来たか、ということである。否定により、批判により、私は何事かを約束してきた筈だ。政治家ではないから実際的利益を与えて約束を果たすわけではないが、政治家の与えるよりも、もっと大きな、もっともっと重要な約束を、私はまだ果たしていないという思いに日夜責められるのである。
 ・・・・・それほど否定してきた戦後民主主義の時代二十五年間を、否定しながらそこから利得を得、のうのうと暮らして来たということは、私の久しい心の傷になっている。


 二十五年間希望を一つ一つ失って、もはや行きつく先が見えてしまったような今日では、その幾多の希望がいかに空疎で、いかに俗悪で、しかも希望に要したエネルギーがいかに厖大であったかに唖然とする。これだけのエネルギーを絶望に使っていたら、もう少しどうにかなっていたのではないか。

 
私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行ったら「日本」はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。日本はなくなって、その代わりに、無機質な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済大国が極東の一角に残るであろう。
 それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである。
 〔2〕

 自裁の四か月前に、サンケイ新聞に寄稿したもので、日本及び日本人に、突き付けられた三島由紀夫の警告であると考えている。

 尚、ギリシャのことわざの「
健全なる精神は 健全なる肉体に宿る」は、「健全なる精神よ、健全なる肉体に宿れかし」が正しい訳らしい。三島由紀夫は、このことを意識していたようである。

 戦後、日本の歴史観や宗教観に深く根差した思索は、むしろ文学者の側から示された。
 小林秀雄、福田恆存、江藤淳のほか、戦中派として三島由紀夫と吉本隆明がいる。三島と吉本は、戦中派としての宿命を思想の核に置いた点で異彩を放っている。とはいえ、三島と吉本の政治的立場は明らかに異なる。吉本隆明が、正直にその衝撃の深さを吐露している。

 ≪
三島由紀夫の割腹死で終わった政治的行為が、<時代的>でありうるかどうか、<時代>を旋回させるだけの効果を果たしうるかどうかは、だれにも判らない。三島じしんが、じぶんを正確に評価しえていたとすれば、この影響は間接的な回路をとおって、かならず何年かあとに、相当の力であらわれるような気がする
 〔4〕

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 産経新聞【三島由紀夫没後45年】等参考資料
 【三島由紀夫没後45年(上)】
 決起した元会員、貫く沈黙 肩の刀傷…今も悔いなく
 https://www.sankei.com/premium/news/151122/prm1511220035-n1.html
 
「思想の混迷の中で、個人的享楽、利己的な考えが先に立ち、民主主義の美名で日本人の精神をむしばんでいる。日本の文化、伝統、歴史を守るために、今度の行動に出た」

 【三島由紀夫没後45年(中)】
 狙撃覚悟「建軍の本義」問う 元会員「森田さんがもちかけた」 文学ではなく行動に託す
 https://www.sankei.com/premium/news/151123/prm1511230011-n1.html
 
「バルコニーに立った三島先生と森田さんは、その場で自衛隊員に狙撃されることを覚悟、否、それを望んでいたかもしれない。決起は森田さんの意向が強かったと思う。
 森田さんは情熱的な人で、森田さんがいなければ決起していないだろう。森田さんがもちかけたとも考えられる」


 【三島由紀夫没後45年(下)】
 三島に斬られ瀕死の元自衛官「潮吹くように血が噴き出した」
 https://www.sankei.com/premium/news/151124/prm1511240006-n1.html
 元会員、村田春樹(64)の著書「三島由紀夫が生きた時代」によると、決起後、自衛隊が1千人の隊員に無差別抽出でアンケートを取ったところ、7割以上の隊員が檄文に共鳴すると答えたという。自衛隊員の思いを象徴するように、三島らが体験入隊した滝ケ原駐屯地内には、三島の揮毫を彫り込んだ歌碑が建っている。

 〈深き夜に 暁告ぐる くたかけの 若きを率てぞ 越ゆる峯々  公威〉

 「くたかけ」は暁を告げる鶏の雅語。「公威」は三島の本名、平岡公威だ。
  元自衛官の佐藤和夫(69)によると、三島の自決後、三島が楯の会の会員と体験入隊した際に残した和歌を彫りつけたものだという。

 三島由紀夫の檄文 「敢てこの挙に出たのは自衛隊を愛するが故」
 https://www.sankei.com/premium/news/151122/prm1511220033-n1.html

 三島由紀夫の遺書全文 「夢は、楯の会全員が一丸となつて、義のために起ち、会の思想を実現すること」
 http://www.sankei.com/premium/news/151122/prm1511220034-n1.html

 三島由紀夫と行動を共にした楯の会会員の証言集(裁判での発言や上申書)=敬称略
 http://www.sankei.com/premium/news/151122/prm1511220032-n1.html

 参考書籍等
 〔1〕「小林秀雄対話集」講談社 2017.3.13発行
 〔2〕三島由紀夫著「文化防衛論」ちくま文庫 2013.3.5発行
 〔3〕三島由紀夫著「若きサムライのために」文春文庫 2012.7.5発行
 〔4〕富岡幸一郎著「最後の思想」アーツアンドクラフツ 2012.11.30発行



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