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株式会社アスキス

リカーディアン

リカーディアンは理想主義

 リカードの「中立命題又は等価定理」といわれる考えを信奉し、または都合よく利用する人達をリカーディアンといっています。
 「中立命題」とは、減税や公共投資等により景気浮揚を計っても、人々は増発した国債の財源は将来の増税で賄われると考えるので、消費を増やすのではなく将来の増税に備えるというわけなのです。そのために、減税や公共投資等による景気浮揚の効果はなくなります。
 このように、「人々は経済的合理性によってのみ行動する」と仮定し、最も効率的に、最も合理的に行動するという思考を合理的期待形成仮説といいます。
 なので、増税や歳出削減によりPB※を維持し、債務の返済に十分な財源の確保のために財政規律を重んじるようになります。それゆえ、景気浮揚による「増収」でなく「増税」を志向します。
  ※プライマリーバランス(PB)とは「税収」から「歳出」(国債利払いを除く)を控除したもの

 逆に、非リカーディアンであれば、将来の国債償還の財源を増税により賄おうと考えないので、減税や公共投資等により需要が創出されて財政政策は有効に機能することになります。

 政権交代以来、財政政策と金融緩和のポリシー・ミックスが機能し、景気は回復基調に乗りデフレ脱却の糸口を掴みかけていました。しかし、リカーディアンの席巻により、消費税は増税(5%から8%)され、周知のとおり元の木阿弥になってしまいました。

 平成9年の消費税増税時(3%から5%)は、先行減税と制度減税により、増税減税同額(レベニュー・ニュートラル)の対策を施行しました。「中立命題」では、増税と減税が同額であれば増税の影響はないと考えます。しかし現実は、国民は減税のメリットよりも、目の前の増税のデメリットを重視し消費は落ち込んでしまいました。
 1年先のダイエット効果よりも、目の前のケーキの誘惑のほうが勝ったのです。これを
「双曲割引」いいますが、詳細は下記で説明します。

 H26年4月の消費税増税時は、その増税減殺政策すらありませんでした。もっとも、減税や公共投資等の景気刺激策を実施しても、国債増発による将来の増税に国民は備えるわけですから、リカーディアンなら何もしなくていいのです。
 とはいえ、増税のダメージは想定外の結果になってしまいました。国民は合理的経済人ではなく生身の人間だったのです。

 私のような市井の実務家にとって、「中立命題」の仮定、「人々は経済的合理性によってのみ行動する」・・・は、ありえないのです。国際政治学の古典「危機の二十年」の著者E・H・カー氏は理想主義をユートピアニズムといいましたが、まさにユートピアの世界なのです。

 J・M・ケインズもいっています。積極的な活動の相当部分は、将来に対する主観的な期待(アニマルスピリット)であると。

 
「人々の積極的な活動の相当部分は、道徳的だろうと快楽的だろうと経済的だろうと、数学的な期待よりは、自然に湧いてくる楽観論によるものなのです。たぶん、かなりたってからでないと結果の全貌がわからないようなことを積極的にやろうという人々の決断は、ほとんどがアニマルスピリットの結果でしかないのでしょう・・・」 
 〔1〕232頁

 「人々は経済的合理性によってのみ行動する」のであれば、リーマンショックは起こらなかったし、ハイマン・ミンスキー氏
が指摘した、「投機金融」や「ポンツィ金融」に手を染めることもなく、資産を投げ売りすることもなかったでしょう。
 
〔2〕

 行動経済学に
「双曲割引」といわれる、人々の非合理的行動を説明する概念があります。「遠い将来なら待てるが、近い将来なら待てない」というもので、現実の生活空間では、「今日と明日に違いは、明日と明後日に違いより大きい」のです。
 1年先のダイエット効果より、目の前のケーキの誘惑が勝るのですから・・・。
 人々の活動を誘発するのはアニマルスピリットであり、人々は明日のためでなく、今日の満足の為に衝動買いもするのです。
 実体経済は、そこに人々の感情が宿り、人々の血が通っているのです。

 理想主義に先導されて通貨統合を成し遂げたEUは、財政規律という「黄金の拘束服」を纏ったまま、最適通貨圏の致命的な欠陥を露呈させています。ドイツによるドイツのためのEUになってしまいました。
 最適通貨圏の理論でいう「生産要素の移動性の確保」と「財政移転」が、現実には極めて困難なのです。生産要素の移動性、特に労働の移動や賃金調整が、ネイション(国民)とステイト(国家)という壁に阻まれ硬直化しています。しかも、それを補うはずの財政移転もできないのです。
 ネイションは生まれ育った共同体やステイトを離れ難いし、ドイツの税金をギリシャに移転することを、ドイツのネイションは忌避しています。極めて健全な思考ではないでしょうか。

 理想と現実はかくも隔絶しているのです。経済も現実と直結しているのですから、理想主義の専横をゆるせば決して良い結果は招来されないでしょう。
 日本に蔓延る空想的平和主義者であれ、新自由主義者であれ、私たちは理想主義がもつ脆弱さを看破しなければならないのです。

 
『理想主義は、理性によって発見できる普遍的な道徳の「原則」が存在するものと信じ、世界はその原則に向かって進歩すべきものと考える。
 その原則とは、時代や状況によって変化することのない固定的なものである。その意味で、理想主義の思想は絶対的・静態的な性格を有する。
 これに対して、現実主義はもっと動態的であり、相対的であるとカー
は言う。現実主義者にとって、何が正しい理念なのかは、時代や環境の変化とともに変わるものである。 現実主義者の思想はプラグマティックなものであり、常に目的志向的である。その「目的」とは、普遍的な善ではない。あくまで「国益」である』
 
E・H・カー
 〔3〕42頁  


 〔1〕ジョン・メイナード・ケインズ「雇用、利子、お金の一般理論」山形浩生訳
    講談社学術文庫 2013年4月12日 第3刷
 〔2〕金融市場が生来的に内在する不安定さ(金融不安定性仮説)を提唱、リーマン・ショック後注目されました。投機金融やポンツィ(ねずみ講を組織した詐欺師の名)金融の比率が高まると経済は不安定になる。
 〔3〕中野剛志著「世界を戦争に導くグローバリズム」集英社新書
    2014年9月22日 第1刷