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国民主権というまやかし

国民主権、国家主権、そして憲法とは

 16世紀後半のヨーロッパの国王は、封建領主とローマ教皇との板挟みで、体制は弱体化して常に他国の侵略に悩まされている状況だった。そこで、フランスのジャン・ボダンは主権の概念を明確にした。

 国家は自ら法律を定め、他からの権力に従うことなく独立して権力を行使できるものだ。「主権は国家の絶対的で永続的な権力であり、市民や臣民に対しても最高で、法律の拘束を受けない権利である」といったのである。
 とはいえ、ボダンの「国家主権」には、「正しさの義務・根拠付け」があり、「神の支配(神法・自然法)」の下という縛りがあった。

 ところが、フランスの革命指導者エマニュエル=ジョゼフ・シェイエスは、「国民はすべてに優先して存在し、あらゆるものの源泉である」、「国民がたとえどんな意思をもっても、・・・そのあらゆる形式はすべて善く、その意思は常に至上最高の法である」といい、「国民主権」を絶対化した。
 そこには、ボダンがいった「正しさへの義務・根拠付け」も、「神の支配」も吹っ飛んでしまった。

 仮に少数者が自らの意見を、「私たちの意志は常に合法であり、私たちこそ法そのものである」といえばどうなるであろうか。現在の日本の一部に見られる現象なのだが、シェイエスの「国民主権」では正当化されてしまうのである。

 これがフランス革命の本質であり、絶対化された国民主権とは「抑制装置を取り外した力の概念」なのだ。スランス革命は、この「国民主権」によって、理性(理性的な行動)を使わせないシステムだった。

 
武器をとれ、市民よ
 隊列を組め
 進め、進め、
 汚れたる(敵の)血をもて

 国歌「ラ・マルセイエーズ」より

 フランス革命は、人々の殺し合いにより約60万人もの死者を出した。とくに、1793年の春に始まったヴァンデ戦争は、ジャコバン政権に異を唱えたヴァンデ地方の人々に対するジェノサイドになった。

 ヴァンデ戦争の指揮官ヴェステルマヌが、パリ公安委員会に送った手紙が残っている。
 
もはや、ヴァンデは存在しない。共和国市民諸君。彼らはわれわれの自由の剣のもとで、女や子供らとともに死んだ。諸君が与えてくれた命令に従って、彼らをサヴネの沼や森に埋めたばかりだ。私は子供らを馬の蹄で踏み殺した。少なくとも、これ以上暴徒を二度と出産しないようにと、女たちを虐殺した。私を非難する捕虜はいない。私は皆殺しにした。
 〔1〕

 国民主権とは相対的な権利なのであり、抑制装置がいるということだ。一神教の国では神の支配であり、民主主義国であれば正しさへの義務・根拠付けであり、国家主権が護るべき国民の生命財産の下での権利ということだ。
 このような相対的な国民主権の概念が、トマス・ホッブスやジャン・ジャック・ルソーによる社会契約説である。 

 絶対化の典型的な事例が、現在の日本で目にする「戦争法反対」というポスターである。国家の解体を意図したプロパガンダであることを見抜いている人にとっては戯言なのであるが、国民主権を絶対化している人たちにとっては、戦争をしない権利、危険な目に会わない権利、はたまた、自分だけは助かる権利があると、大真面目なのである。

 端から国家主権の行使を否定しているため、防衛という概念(それに付随する国民の義務)がスッポリ抜け落ちている。スイスの民間防衛意識の高さと比べようもなく、侵略者にとってこれほど御しやすい国はないであろう。

 防衛を拒否するから、北朝鮮に拉致された100名以上ともいわれる拉致事件に、なんの痛痒も感じることはない。拉致被害者を等閑して、「人権」を御旗に国家主権を攻撃する人たちに、寧ろ親和性すら抱くようになってしまう。

 プロセインの将軍クラウゼヴィッツは「戦争論」のなかで、「戦争は他の手段をもってする政治の実行である」といった。政治は戦争より優位にあり、戦争が終われば政治に切り替わるのである。「他の手段をもってする政治の実行」を日本が行使していれば、これほど多数の北朝鮮による拉致はなかっただろう。

 プロパガンディストがいう「平和憲法」にいささかうんざりしているが、そもそも、憲法とはいかなるものなのであろうか。
 国家主権から国民主権が生まれ、絶対化された国民主権がフランス革命の悲劇を生んだ。イギリスのマグナ・カルタにあこがれたフランスが、シェイエスの「憲法がなければ、それを一つ作るべきだ」という「ノリ」で作った憲法が、近代成文憲法が生まれたきっかけになった。

 マグナ・カルタ(慣習法)とは、フランス憲法のように、単に一握りの人々の思いつきによるようなものではなく、ましてや日本の英文和訳憲法でもなく、過去の無数の人々の叡知の結晶なのであって、それを捨て去ることは、その国の歴史そのものを捨て去ることにも等しいという性格を帯びている。その中でも、もっとも否定しがたい基本の法として見出されたものが、「古来の憲法・ancient constitution」と呼ばれるものである。

 世界の憲法は、「コンスティテューション」の原義どおり、歴史や伝統を踏まえた「国柄」を盛り込むのが潮流になっている。「古来の憲法・ancient constitution」は国家の礎であるという、マグナ・カルタの精神を受け継いでいこうとしている。

 日本の憲法草案を作成したGHQ民生局には、憲法の専門家はいなかったのである。法律家といえば弁護士のチャールズ・ケーディスくらいだった。憲法の正統性からみれば異質の、それも日本の解体を目途とした草案の翻訳版を、平和憲法と崇めることの如何わしさがわかろうというものである。

 憲法を論じるのであれば、平和憲法という欺瞞に誑かされることなく、国体(コンスティテューション)を礎として、国民主権、国家主権及び憲法を正しく理解しなければならない。


  参考書籍
 〔1〕長谷川三千子「民主主義とは何なのか」文春新書 2013.7.5
 〔2〕 入江隆則著「敗者の戦後」文春学藝ライブラリー 2015.12.20



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