本文へスキップ
中小企業の皆様と共に歩みます      

TEL. 089-933-3140

〒790-0038 松山市和泉北4-1-22

税理士・社会保険労務士
青山税理士事務所
  

大東亜戦争とスターリンの謀略


忘れられた一級の歴史資料と「謀略」について

 

 謀略とは多数の無意識の協力者によって成し遂げられる、ということをしみじみ感じます。エドワード・バーネイズのいうプロパガンダも、ポピュリズムも主役は無意識の協力者なのです。

 マルクスがあたかも世界恐慌を予言したかのような現実との符合があって、共産主義は兵営の垣根をも越えていきます。
 尾崎秀實という希代の革命家の手のひらで踊るように、企画院の革新官僚や、少壮軍人の革新気質が巧みに操られ、組織を蝕んでいきました。尾崎の謀略により支那事変は長期化し、あれだけ警戒していた対ソ戦を放擲して南進します。
 ソ連はドイツと日本の挟撃という最悪のケースを避けることができ、日本は滅亡の淵に誘い込まれました。

 一級の歴史資料である「大東亜戦争とスターリンの謀略」が、人口に膾炙することもなく、忘れ去られようとしています。しかし、日本を破滅に追い込むような謀略が、無意識の協力者を操って今も進行しているのではないだろうか、と立ち止まって考えてみることも必要なのではないでしょうか。

 1938.春
 第一次近衛声明のあと、蒋介石や国民党首脳と極めて親しい茅野長知氏によって和平工作が進めらます。しかし、尾崎秀實一味が日本と国民政府それぞれに、国民政府も日本も戦意を喪失しており、もうすこし戦争を続ければ相手は屈服することを伝え、和平交渉を断念させます。この画策をしたのが、尾崎秀實、松本重治、西園寺公一等の共産主義者であり、国民政府側では高宗武でした。

 1939.武藤章陸軍省軍務局長時代
転向共産主義者(転向を仮装した共産主義者)が召集将校として陸軍省の部局に起用され、統制派軍人の理論が強化されます。

 1940.汪兆銘政権擁立
高宗武、尾崎秀實、松本重治、西園寺公一、犬養健、影佐禎昭一派の工作により、汪兆銘担ぎ出しが成功します。汪兆銘擁立により、自ら和解の道を閉ざしました。汪兆銘擁立は蒋介石との和平拒否のシグナルです。
 この後も、尾崎はシナ問題の専門家として世論を誘導していきます。

 もともとこの本の題名は、「戦争と共産主義」でしたが、復刊に際し、「大東亜戦争とスターリンの謀略」と改題されました。竹山道雄はこの本について「昭和の精神史」の中で次のようにいっています。

 三田村武夫氏の「戦争と共産主義」という本は、著者の警保局そのほかの閲歴から普通には知られなかった豊富な資料によって、あの歴史に踊った人々の行動は自作自演ではなかった、すべては自ら知らず知らずして陰の演出の筋書によっていたのだ、と説明してある。奇矯のようだけども、読んでいて、すくなくともこれがかなり大きな部分的真理であったことは説得される。
 〔2〕84~85頁 


 この本のことは、「歴史の書き換えがはじまった!」〔3〕でも取り上げられています。昭和25年に発禁処分になって以降、昭和62年1月に自由選書として刊行されましたが、長く品切れだったことなどの経緯について触れ、この書物の誕生のいきさつとか、品切れ後の遭遇というようなことについて何の説明もなされていないこと等を指摘しています。
 同時に、
現代日本の言論界、報道界における情報処理能力、つまりインテリジェンス・リテラシーが如何に脆弱であるかということを物語る一つの現象であろう、といっています

 復刊に際して
 かつて、論争社という出版社を経営し、「コミンテルン・ドキュメント」という膨大な単行本と「リヒャルト・ゾルゲ獄中手記」を出版した際、国際共産主義運動史の文献を随分調べたが、ゾルゲ・尾崎事件の真相及びその背景は仲々解明できなかった。また、日本陸軍が、その主力を関東軍に注入し、多年にわたって対ソ戦を想定して、日夜、猛訓練を重ねて来たにもかかわらず、何故、突如として対米戦―大東亜戦争に踏み切ったのか、その理由が今日まで解せなかった。
 ところが、最近、或る学者たちの会合の席で、偶然、この疑問に対するヒントを与えられ、血眼になって捜し、発見したのがこの本である。

  遠山 景久
 〔1〕321頁  


 旧題「戦争と共産主義」 
 読む程に、私は思わず、ウーンと唸ること屢屢であった。支那事変を長期化させ、日支の平和の目をつぶし、日本をして対ソ戦略から、対米英仏蘭の南進戦略に転換させて、遂に大東亜戦争を引き起こさせた張本人は、ソ連のスターリンが指導するコミンテルンであり、日本国内で巧妙にこれを誘導したのが、共産主義者、尾崎秀實であった、ということが、実に赤羅々に描写されているではないか。
  岸 信介(東条内閣で商工大臣、戦後首相) 
 〔1〕319頁

 三田村君の著書を読んで多くの日本人は再び驚きを新たにするであろう。この無謀な戦争を起こした軍人の背後には彼らを操っていたものがあることを暴露しているからだ。それは外でもない。尾崎秀實やゾルゲなど共産党員たることが暴露して処刑に処せられた連中である。かれらの行動は世界をソヴィエトの支配下に置かんとする共産党の方針に従って行動したものである。その内情を知ってか知らずしてか、かれらと同種類の行動をしたものは今尚日本に活動している。
  読売新聞社長  馬場 恒吾
  〔1〕311頁 


 彼の死後出版された「愛情は降る星の如く」という少女雑誌の随筆の題目のような彼の遺文集が、あまりに評判が高く、左翼の文筆陣は彼を殉教者のようにまつり上げたので、一冊買って見たが、私には三分の一も読めなかった。
 書いてあることは彼の一面ではあろうが、他の半面を知り、彼の人物を知っていると、本気になって読む気になれなかった。
 「目的のために手段を択ばず」という共産党の根本思想を実行して、祖国を戦争から戦争へと駆り立てた揚句、陰謀が暴露して獄に入れられ、もう逃れられないと観念して、しおしおとして殊勝なことを書き綴ったものがあの書ではないか。
 現在の日本には第二、第三の尾崎がうようよしているように思われる。また、第二、第三の尾崎に駆使されている学者や新聞記者も少なくないようだ。
 三田村君の精励克苦な研究と鋭利な史眼で、この書の結論―現在の日共党員の活動とその最終目標―を書くことを奨めたい。

  〔1〕316~317頁 リーダーズ・ダイジェスト・日本支社長 鈴木文史朗 


 以上の概説を念頭に、近衛上奏文を再読すれば謀略の実像も一層際立つでしょう。
 抑々満州事変、支那事変を起し、之を拡大して遂に大東亜戦争にまで導き来れるは是等軍部内の意識的計画なりしこと今や明瞭なりと存候。満州事変当時、彼等が事変の目的は国内革新ありと公言せるは、有名な事実に御座候。
 支那事変当時も「事変永びくがよろしく事変解決せば国内革新が出来なくなる」と公言せしは此の一味の中心的人物に御座候。是等軍部内一味の革新論の狙ひは必ずしも共産革命に非ずとするも、これを取巻く一部官僚及民間有志(之を右翼といふも可、左翼といふも可なり、所謂右翼は国体の衣も着たる共産主義者なり)は意識的に共産革命にまで引きずらんとする意図を包蔵し居り、無智単純なる軍人之に踊らされたりと見て大過なしと存候。
 此事は過去十年間軍部、官僚、右翼、左翼の多方面に亘り交友を有せし不肖が最近静かに反省して到達したる結論にして此結論の鏡にかけて過去十年間の動きを照らし見る時、そこに思ひ当る節々頗る多きを感ずる次第に御座候。
 「近衛上奏文」より一部抜粋  


  参照文献
 〔1〕 三田村武夫著「大東亜戦争とスターリンの謀略」自由社 2009.2.25
 〔2〕 竹山道雄著「昭和の精神史」中央公論社 2011.1.25
 〔3〕 小堀桂一郎・中西輝政著 「歴史の書き換えが始まった!」㈱明成社
   2007.10.21  



ナビゲーション