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合鍵を持った歴史観

歴史小説に書かれた「旅順攻防戦」について

 福田恆存は先の戦争を、近代日本が辿らねばならない一つの運命と見ていた。
 東鶏冠山北堡塁前に立ち、殆ど完璧ともいえるベトンの築城を目にし、爾霊山の地勢に接した者なら、誰しも絶望的な嘆息に手を拱く他あるまいと、乃木将軍の立場を慮って目頭が熱くなったという。

 そして、司馬遼太郎氏の「殉死」や、福岡徹氏の「軍神」に疑問を抱き、「旅順攻防戦」を分析する。児玉将軍の来順如何に拘わらず、二〇三高地は既に熟柿の如く落ちるべき時期に達していたのではないか、と乃木希典を擁護する。
 また、「旅順攻防戦」は、別宮暖朗氏と兵頭二十八氏
が、専門的な視点から詳細な論考をしている。〔1〕

 以下、「言論の自由といふ事」より
 
近頃、小説の形を借りた歴史読み物が流行し、それが俗受けしてゐる様だが、それらはすべて今日の目から見た結果論であるばかりでなく、善悪白黒を一方的に断定してゐるものが多い。が、これほど危険な事はない。

 歴史家が最も自戒せねばならぬ事は過去に対する現在の優位である。吾々は二つの道を同時に辿ることは出来ない。とすれば、現在に集中する一本の道を現在から見遥かし、ああすればよかつた、かうすればよかつたと論じる位、愚かなことは無い。

 殊に戦史ともなれば、人々はとかくさういふ誘惑に駆られる。事実、何人かの人間には容易な勝利の道が見えてゐたかも知れぬ。が、それも結果の目から見てのことである。

 日本海海戦におけるT字戦法も失敗すれば東郷元帥、秋山参謀愚将論になるであらう。が、当事者はすべて博打をうつてゐたのである。丁と出るか半と出るか一寸先は闇であつた。それを現在の「見える目」で裁いてはならぬ。

 歴史家は当事者と同じ「見えぬ目」を先づ持たねばならない。そればかりではない、なるほど歴史には因果関係がある。が、人間がその因果の全貌を捉へる事は遂に出来ない。

 歴史に付合へば付合ふほど、首尾一貫した因果の直線は曖昧薄弱になり、遂には崩壊し去る。そして吾々の目に残されたのは点の連続であり、その間を結び付ける線を設定することが不可能になる。
 しかも、点と点とは互ひに孤立し矛盾して相容れぬものとなるであらう。が、歴史家はこの殆ど無意味な点の羅列にまで迫らなければならぬ。そのとき、時間はづしりと音を立てて流れ、運命の重味が吾々に感じられるであらう。

 合鍵を以て矛盾を解決した歴史といふものにほとほと愛想を尽かしてゐる私が、戦史には全くの素人の身でありながら、司馬、福岡両氏の余りにも筋道だつた旅順攻略戦史に一言文句を付けざるを得なくなつた所以である。

 勿論、読者がさういふものを一種の娯楽として読める程度にまで成熟していれば問題は無い、人々は「正史」をしらず、また歴史の読み方も知らない。その反動として歴史読物や歴史を扱つたテレビ映画に縋り付きその渇を癒さうとしてゐる。

 歴史家のみならず、歴史小説家もその点をよほど慎重に考えねばならぬであらう。
 〔2〕

 竹山道雄も「昭和の精神史」において、「上からの演繹」による歴史解釈の危うさについて警鐘している。

 歴史を解釈するときに、まずある大前提となる原理をたてて、そこから下へ下へと具体的現象の説明に及ぶ行き方は、あやまりである。歴史を、ある先験的な原理の図式的な展開として、論理の操作によってひろげてゆくことはできない。このような、「上からの演繹」は、かならず間違った結論へと導く。 
 〔3〕


 参考書籍
 〔1〕別宮暖朗著「『坂の上の雲』では分からない旅順攻防戦」並木書房 
    平成16年3月20日
  兵頭二十八・軍学者
 「司馬史観」の興味深いところは、自らの体験から昭和陸軍(とくにエリート参謀たち)を憎むという基本スタンスでありながら、大正から敗戦までのどの時点でも国民から悪人だと思われていなかった乃木大将をボロクソニおとしめると同時に、多才で才子・児玉源太郎を持ち上げてやまない『殉死』や『坂の上の雲』の切り口、これがそっくり、昭和の陸大「クラン(一門))」内部の特異きわまる教条の受け売りであった、いう大矛盾です。
 〔2〕福田恆存著「言論の自由といふ事」新潮社 昭和48年3月10日発行          Ⅳ章 近代日本の運命ー合鍵を持った歴史観ーより
 〔3〕竹山道雄著「昭和の精神史」中央公論新社 2011.1.25




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