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税理士・社会保険労務士
青山税理士事務所
  

昇華した自虐史観

今こそ、歴史と向き合おう

 1946年5月3日、東京裁判の起訴状は、1928年1月1日から1945年9月2日(満州事変前から降伏文書調印の日)までの日本の非道を述べている。

 事後法の下で、勝者は敗者を意のまま扱える。わざわざ裁判という舞台を造り、あろうことか法の不遡及原則を無視して、復讐劇を見事に演じきった。
 この演技は完璧だった。そのおかげで、アメリカのインディアン虐殺も、空襲や原爆投下による無差別殺戮も、ソ連の理不尽な暴虐等も悉く免責されてしまった。敗戦国日本は、1928年以前の勝者の植民地等におけるあらゆる残虐非道の批判までも、甘受せざるを得なくなった。

 演技に魅せられた敗戦国では、人権人権とのたまう知識人も己の庭をでることなく、北朝鮮に拉致された多数の同朋を無視できたし、平和主義者も安全な場所を保証され、観念的平和に酔いしれることもできた。そして「過ちは繰り返しませぬから」とひたすら恐縮して、専ら我欲に勤しむ(vulgar)人々が目立つようになってしまった。

 その結果が、現在のメインストリーム・メディアによる異常な倒閣プロパガンダである。もはや、報道といえるものではない。歴史を蔑にしたツケは、計り知れない危機を自ら招来しているように見える。

 今こそ、歴史と向き合おう。

 
今日の地球の全面は名目上、アジア・アフリカ・アメリカ・ヨーロッパ・南極の五大洲に大別され更にこれを細分すれば、七十余カ国(著者注:当時、独立国はこれしかなかったんですね。今は一九四か国です)。
 だがしかし、その実際上の細分にあたつては、左掲の図のごとく(図は省略)、驚くべき編断なる分け方が行われてゐる。
 すなわち、何とそれは、イギリス・フランス・ソヴエート連邦・アメリカ合衆国の四国によって、五十八%が支配され(著者注:この本の出版は昭和十六年四月です。そのとき、こうした勢力分布ができていました)、オランダ・スペイン・ポルトガル・イタリー・ドイツ・ベルギー・デンマーク・ブラジルの八カ国によって十六%が占められてゐるのだ。
 だから、他の日本・満州・支那・エジプト・コロンビヤ以下、〇.一七方哩(ほうり)しかもたないヴアテイカン市国に至る六十余国は、わづかに地球面の四分の一たらずのところを分けあつてゐるにすぎないのである。就中(なかんずく)、日本のごときは世界人口の約十分の一という厖大(ぼうだい)な人口を有しながら(著者説明:当時、日本の人口は約七二〇〇万人)、その面積たるや、その残された四分の一足らずの面積のうちのわづか一%をもつてゐるにすぎない。
 正しく、アジアの大部分は、現在われらアジア人の手にあるのではなく、欧米列強のふところにあるのだ。

 〔1〕235ー237頁 一部当用漢字に変えている。
  GHQ焚書図書「アジア侵掠秘史」桑原三郎著 清水書房 昭和16年4月より

 大川周明によるラジオ放送から
 なお、「米英東亜侵略史」は、昭和16年12月14日から25日までのラジオ放送速記に僅少の補正を加えたもので、事態が逼迫するなかでまとめられたものである。

 
東亜発展は日本にとって死活存亡の問題であります。さればこそ国運を賭してロシアと戦ったのであります、ところがアメリカの東洋進出は、持てるものが上にも持たんとする贅沢の沙汰であります。アメリカはその贅沢なる欲望を満たさんがために、日露戦争によって日本が東亜に占め得たる地位を、無理矢理奪い去らんとしたのであります。
 実にこの時より以来、アメリカは日本の必要止むなき事情を無視し、傍若無人の横車を押しはじめたのであります。

 〔2〕参照

 一方、アメリカはどうだったのか。
 以下、歴史家のチャールズ・オースティン・ビーアド博士の「ルーズベルトの責任=日米戦争はなぜ始まったか=」による。

 
公表された記録というものを信頼するならば、アメリカのアジアとの外交の歴史の中で、合衆国政府が日本に対してベールに包んだ戦争の脅かしのもとで、そして戦争につながる公算の高い経済制裁の圧力のもとで、中国からの全面撤退を提案したことは一度もなかった。
 共和党の庇護を受けたコチコチの帝国主義者でさえ、日本との関係においてこのドクトリンをあえて正式に適用したことはなかった。
 さらに言えば、アメリカの・・民主党であれ、共和党であれ・・政党の政治綱領の中にも、一九〇〇年から一九四一年十一月二十六日までの間に行われた選挙で示された国民の意志にも、単にハル国務長官の覚書にあった全面撤退の提案を極東で強制するという目的のために、アメリカ国民は総じて日本との戦争を支持すべきであるという推論や、あるいは、支持するであろうという仮定を、わずかでも是認するような内容は、一切なかった。

 〔3〕上321・322頁

 同書は、ビーアド博士の歴史家としての使命感により上梓されたが、戦勝気分に浸るアメリカで、不買運動まで起こっている。透徹した使命感がほとばしる超一級の資料である。
 ハリー・デクスター・ホワイト(ソ連のスパイといわれる)草案による、ハルノート(最後通牒となった)が、公式には一切ないということになっているのだ。ここに、ルーズベルト大統領の策略の片鱗が窺える。

 グルー日本大使からハル長官宛ての、一九四一年九月二十九日の報告書によると、
 
合衆国にはいま、戦争をせずに、あるいは戦争の直接的なリスクを負うことなく、日本の計画を止める機会が与えられているのではないだろうか、そしてさらに、いまこの機会を活かし損ねれば、その結果として、合衆国は戦争のリスクが大いに高まる事態に直面するのではないだろうかとの疑問を呈した。
 この段階でグルー大使は、戦争回避の可能性があることを示唆している。
 〔3〕下670・671頁

 
しかし、当時の主役の一人スティムソン陸軍長官の一九四一年十一月二十五日の自身の日記には以下のように記している。
 
問題は、いかにしてわが国に甚大な危険を招くことなく、日本が最初に発砲するような状況に導くかということだった。
 〔3〕690頁 

 反戦気分を一掃して、国民総意で戦争に突き進む。そのため、あえて日本に先制攻撃をさせる。これが、ルーズベルト大統領の本意だった。

 
傍受された日本の通信文を受け取り、それが合衆国と日本の間の戦争を意味すると考えて、その晩の後刻にスターク大将に電話連絡した後、ルーズベルト大統領は前哨基地の司令官たちに戦争が差し迫っていることを警告するためにそれ以上の措置を何ら取ることはなかった。
 というのが、連邦議会委員会が明らかにした点に関するすべての証拠に鑑みて許される唯一の推論である。
 十二月七日の正午より前の時間に、マーシャル大将は傍受された最新の日本の極秘電文一式を手にしていた。・・・マーシャル大将は前哨地の司令官たちに新たな戦争警告を出さなければならないと判断した。
 マーシャル大将本人と側近にともに奇妙な行動の遅れがあった後、同大将は正午ごろに、最後の戦争警告をハワイのショート中将に送った。・・・日本の真珠湾攻撃の後に届いた電文を、である。

 〔3〕729・730頁
 目的のための犠牲は厭わなかった。

 最後にビーアド博士は、次のようにいっている。
 
アメリカ共和国は、その歴史において、いま、アメリカ大統領が公に事実を曲げて伝えておきながら、密かに外交政策を遂行し、外交を樹立し、戦争を開始する制約のない権限を有する、という理論に到達した。
 〔3〕779頁

 ルーズベルト大統領は大統領権限を逸脱して、あまつさえ、私計により日本を誘い込んだ。日米戦争は、仕掛けられた戦争だったのである。歴史は切り貼りして連続性を絶てば、どうにでもなる。だから、東京裁判は1928年以降に限定したのだ。

 尚、フーバー大統領の「裏切られた自由」上下 、G・H・ナッシュ編、渡辺惣樹訳は、ビーアド博士の偉業とともに日米戦争の理解に欠かすことは出来ない歴史資料である。


 〔1〕西尾幹二「GHQ焚書図書開封2」㈱徳間書店 第2刷 2012年
 〔2〕佐藤優「日米開戦の真実」㈱小学館 第3刷 2006年
 〔3〕チャールズ・オースティン・ビーアド「ルーズベルトの責任」上下
    開米潤監訳/阿部直哉・丸茂恭子訳 ㈱藤原書店 第2刷 2012年



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