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税理士・社会保険労務士
青山税理士事務所
  

災難飢餓

皮相的な変わりゆく文化

 日本列島はユーラシアプレートと北米プレートの上にあって、そこに太平洋プレートとフィリピンプレートが潜り込む不安定な構造になっているため地震が多い。
 また、背骨のような山脈が太平洋側と日本海側を分断して、河川は短く急流で氾濫を繰り返す。「やませ」のような冷たい北東の風による冷害、複雑な地形が生む「つむじ風」、豪雪による災害等も多く、日本はまさに災難のデパートである。
 このような環境が生んだ日本人の忍耐強い気質を、寺田寅彦は「災難飢餓」といった。

 もし、日本に災難がなくなれば、米や野菜がなくなるのと同じように、日本人は死滅するのではないか。寺田寅彦は、災難を避けがたいものとして受け入れ、「災難の進化論的意義」として「災難飢餓」といったのである。

 地震も火事も、台風も洪水も、豪雪も冷害も、敗戦もそれはそれでいいではないか。財産も家族も、あらゆるものを失い、飢えに苦しみ悶え、それを受け入れて逞しく「災難」を食ってきたのが日本人だというのである。「災難飢餓」は逆説的なのである。

 翻って、災害の少ないヨーロッパでは、建物等は人が壊さないかぎり存続する。存続するから、保存しようとして景観を大切にする。こうして、「積み重ねの文化」が醸成された。
 日本では人々の意志に拘わらず災害により破壊され、流出してしまう。自然の猛威に抗う術もなく、変化を受け入れざるをえず「変わりゆく文化」になった。
 移ろいゆく四季を愛で、伊勢神宮にみられるような建替えの文化が育ったのである。

 
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし」
 鴨長明の「方丈記」の一節が、変わることを是とする死生観をよく表している。

 とはいえ、風土が育んだ日本人の忍耐強さは、オールドメディアが垂れ流すプロパガンダに抗うことなく、受け入れてしまう脆さにつながる。ヨーロッパの「積み重ねの文化」では、リセットは難しく洗脳というプロパガンダに自ずと耐性がある。

 皮相的に変質した「変わりゆく文化」は、「敗戦」のショックを「終戦」に言い換え、あたかも災害でもあったかのように「敗戦」を水に流してしまった。
 袖井林二郎著「拝啓マッカーサー元帥様―占領下の日本人の手紙」によると、 マッカーサーを神の如く崇めたものや、「偉大なる解放者」等といったマッカーサー宛ての手紙が50万通もGHQに届いたそうである。 

 日本人を日本人たらしめたのは、「災難飢餓」なのだということを、今一度噛みしめたいものだ。
 敗戦を受け入れ敗戦と対峙していれば、「敗戦の日」はあっても、「終戦の日」はなかったはずだ。欧米の植民地、ブロック経済(アウタルキー)及び黄禍論(イエローペリル)等と視点は広がって、敗因の分析や戦略等のリアリズムが構築されていただろう。国家を支える軍事力まで否定して、情報戦における一方的な敗者になることもなかっただろう。

 「いわゆるモリカケ」騒動の顛末を仄聞するにつけ、軽薄なオールドメディアが垂れ流すプロパガンダに辟易している昨今である。


 参考書籍
〔1〕大石久和著「国土が日本人の謎を解く」産経新聞出版 H27.8.24
〔2〕藤井聡著「救国のレジリエンス」講談社 H24.2.20



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