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税理士・社会保険労務士
青山税理士事務所
  

無能なマスメディアと鉄血の陰謀

100年マラソンという深謀遠慮

 診療所の待合のテレビで、軽薄な男性司会者と、阿諛追従する出演者が「加計学園問題」とやらを論じていた。うさん臭さに辟易し、私的に独占されている公共の電波こそ大問題だろうと思わずひとり言つ。

 本来、公共の電波を使うテレビは、公正、公平、中立が求められ、新聞には比較的自由な論壇が与えられる。報道機関たるテレビと、言論機関たる新聞は媒体としての本質によりその使命は異なるはずである。特に、公共の電波を使うテレビは公平中立を使命とすべきは当然であろう。

 放送法
国内放送等の放送番組の編集等)
第四条  放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
一  公安及び善良な風俗を害しないこと。
二  政治的に公平であること。
三  報道は事実をまげないですること。
四  意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

 件の番組の関係者、そして既得権益に胡坐をかいている方々には、法令順守という概念はないらしい。
 そればかりか、日本では新聞社が放送業を支配するというクロスオーナシップがまかり通っている。独立した異なる組織として、テレビは公正を期し、新聞は侃諤の議論をすることが正常なメディアの社会的使命ではないのか。

 日刊新聞紙の発行を目的とする株式会社の株式の譲渡の制限等に関する法律
(株式の譲渡制限等)
第一条  一定の題号を用い時事に関する事項を掲載する日刊新聞紙の発行を目的とする株式会社にあつては、定款をもつて、株式の譲受人を、その株式会社の事業に関係のある者に限ることができる。この場合には、株主が株式会社の事業に関係のない者であることとなつたときは、その株式を株式会社の事業に関係のある者に譲渡しなければならない旨をあわせて定めることができる。

 クロスオーナシップの下で、法律により言論機関たるべき新聞社は特定の者が支配することが許されている。閉鎖的な同族会社と同じということである。

 特定の者が市場を独占しているから、電波利用権の競争入札(電波オークション)が実現できないのである。規制を厭う競争信奉者ではなかったか。
 日本では、地上波のテレビ局が、当然のようにBS放送を独占し、テレビショッピング等くだらない番組で公共の電波を無駄にしている。仮に、「電波オークション」が実現すれば、数十億円というただのような現在の電波利用料は、2000億から3000億円以上に跳ね上がる。外資のオークション参加については、厳格な要件を付す必要があるけれども。
 手近なメディアを多様化して、それこそ競争させればいいのである。選択肢が増えれば、待合のテレビのごとき低俗番組等は見る者もいなくなるだろう。

 私のような庶民がこのようなことを考えるのは、チャイナという異様な独裁国家と対峙せざるを得ない、日本の地政学的宿命にある。
 「森友問題」、「加計学園問題」、はたまた「いわゆる共謀罪騒動」に至るまで、せいぜい2~3時間程ググれば本質は顕わになる。なのに、トンチンカンな議論を延々とやっている。これこそが、電波の独占という弊害であり、「平和ボケ」によるポピュリズムの蔓延なのであり、チャイナリスクの希薄化という利敵行為そのものである。

 私たちが知るべきは、毛沢東が延安まで敗走したとき携えていた本が「資治通鑑(しじつがん)」であったということだろう。「資治通鑑」は、マイケル・ピルズベリー氏が「China 2049」で指摘しているように、毛沢東の愛読書であり死ぬまで繰り返し読んでいた本である。当然、鄧小平や他の指導者も読み、高校生に至っては抜粋した文章を書き写して学んでいるそうだ。
 「資治通鑑」は、
「戦国時代から伝わる策略の用い方、敵の包囲を避ける方法、好機が訪れるまで既存の覇権国を自己満足にひたらせておく方法などか記されている」。

 「資治通鑑」を踏襲しているであろう習近平は、ついに「強中国夢」を口にしてその夢が実現するのは2049年、共産主義国家建国から100年後のことだという。また、人民解放軍の大佐・劉明福は著書「中国の夢」で、「100年マラソン」に例えている。「中国の夢」は国家の統制にあるすべての書店で、「推薦図書」の棚に飾られた。

 「資治通鑑」は司馬光をリーダーとして、数十人の編纂チームが20年近くかけて書いた、編年体によるチャイナ史1500年の一大ページェントなのである。
 紀元前500年から1500年間の歴史書であり、司馬光は北宋の政治家であり、学者であった。「資治通鑑」なくしてチャイナは語れないといわれる所以である。
 日本では、北畠親房が熟読し大義名分論からなる「神皇正統記」を著している。しかし、現代語の全訳は未だに出版されていない。おそらく、できないのであろう。

 チャイナといえば、特権階級の汚職、想像を絶する環境汚染、天安門での自国民虐殺、少数民族の弾圧等、全体主義国家が市場経済を標榜して「いいとこどり」をしているとんでもない国というイメージがあるが、それは今に始まったことではなく、それがチャイナの歴史であるということだ。
 毛沢東は劉少寄等数名の政敵を抹殺するために、数千万の人々を巻き添えにしたが、それこそが「資治通鑑」の世界なのである。

 私たちが理解すべきは、善悪の判断基準が日本とチャイナでは全く異なるということだ。一例を挙げれば、日本では汚職や不正蓄財は恥であるが、チャイナでは権力者の特権であり、汚職や不正蓄財はチャイナの痼疾ということである。
 以下、「資治通鑑」より例示する。

 洗城
 
黄巣軍は、長安の各所の城門から突入した。・・・黄巣軍が再度、全軍を率いて長安に戻ってきたが、この前の戦いで市民が官軍を助けたことに腹を立て、兵隊に市民を皆殺しせよと命じた。流血が川を成した。これを「洗城」という。

 五大十国時代の残虐
 
唐が衰亡すると、遊牧民たちの国家が建国される五大十国の時代となった。この騒乱の時代に、初めは目をそむけつつ夷狄の風習とみなしていたが、その後は中国人が自ら率先して彼らの行いを真似るようになった。

 財宝のために命が狙われる
 
遊牧民の社会とは「強者の論理」が幅を利かす世界だ。強いものは他人の財産を奪う権利があると考える。逆に、財宝を手にした途端に今度は自分が狙われる立場に立つのだ。

 広大な土地、繰り返される異民族による征服王朝の興廃によって、「表では友好を装い、裏では陥れる策を練る」というようになり、「騙すより騙される方が悪い」と考えるのは生き抜くための知恵なのである。

 袁紅冰著/黄牛訳「暴かれた中国の極秘戦略」で明らかにされた台湾乗っ取りの深謀遠慮の戦略性、一方では楊海英著「狂暴国家 中国の正体」の想像を絶する残虐性と、相反するようなチャイナの姿も、長い歴史の中で培われた習い性なのである。そして、強力な軍事力を併せ持っている。

 参考書籍
〔1〕マイケル・ピルズベリー著「China 2049」野中香方子訳 日経BP社 2015.11.4
〔2〕麻生川静雄著「本当に残酷な中国史」・大著「資治通鑑」を読み解く 角川新書
2016.5.25



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