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忘却された「断弦の時」



忘れたことと忘れさせられたこと

・・・しかしその一方で、日本側が何も反撃をしないでいると中国はさらに侵入や威圧的な行動を強めてくるでしょう。日本が「自国領土が侵略されても何もしない」とみなされるのは重大な問題です。尖閣防衛のためには、艦艇の力や兵員の増強を進めることが欠かせないでしょう。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47848?display=b 

 
・・・外交や安全保障のかじ取りに関与する可能性がある国会議員は、もっと外国とのかかわり方に敏感であるべきだろう。一方で、平成19年末に中国から帰化した評論家の石平氏は、帰化申請の際に「なぜ日本人になりたいか」も「日本が好きか」も「皇室をどう思うか」も、一切聞かれなかったことに拍子抜けしたという。
 「『国家意識』の徹底的な欠如こそ、日本にとって最大の病巣ではないか」。石平氏が雑誌『月刊日本』20年2月号で問いかけたこの言葉は、今日さらに重みを増してい る。

http://www.sankei.com/column/news/160910/clm1609100004-n1.html 

 手登根 安則氏が日々刻々と伝える沖縄の現状です。
「お前たちのためにやってあげてるんだ(怒)」
自称市民・住民のお仕着せと、そこに住んでいる真の住民との軋轢辺野古もそうだったが、高江はどうなんだろう。
N1ゲート前に群がる自称市民たちに堂々と苦情を申し立てに行った住民がいた。
しかしマスコミはその場にいながら報道することは無い。
タイムスさんが地元区民の苦悩を取材し掲載した。
しかし新聞社に投げつけられた自称市民らの言葉は、「バヤカロー」や「ボケが(怒)」
いくら住民に成りすましても真実はこれからどんどん表面化してくるだろう。
中には「ヘリパッドなんかどうでもいい」と言いだす者も現れた。
彼らの中からも本音が出始めている。
それは焦り。
独善的な活動が真の住民に受け入れられていないこと警察の圧倒的な戦力を見せつけられていること
そして県外、国外から流入した活動家の統制が効かなくなりつつあること・・・

その焦りがこのようなプラカードを作らせている。
しかし地元区民も真実を探求する者たちも騙せない。
 
https://www.facebook.com/bogey.tedokon/posts/1089884781091590?pnref=story 

 1991年ワーク・ワイザー氏が論文で用いて以来、人口に膾炙するようになった「ユビキタス」、いつでもどこでも手軽に情報が得られるという意味で使われてきたが、今ではとんと聞かなくなった。ネットはそれほど身近になり、意識する人すらいなくなったということだろう。
 確かに「いつでも、どこでも」、誰もが多様な情報を手にすることができる。しかし、情報はまだら模様であるからして、沖縄や国会前でヘイワ運動する人達には雑音でしかないようだ。また、彼等ほど積極的でない「閉ざされた言語空間」で生息する人達にとっても、然りなのだろう。

 ネットで拡散される上記のような多様な情報も、観念の空間にいれば雑音でしかない。かくいう私も、老境の入り口に立って初めて、三島由紀夫が「・・・無機質な、からっぽな、・・・」と失望した果てに、自裁したことの重みを感じることができるようになった。
 三島は、無機質な、からっぽな日本人が生まれた淵源を、「文化防衛論」のなかで、何かが断たれた「断弦の時」があったからだといっている。
 GHQによる日本及び日本人の解体は、見事なまでに「菊と刀」の永遠の連関を断って、フラグメント化した現代人を生んできた。こうして、伝統や日本文化への接続が断たれた現代人が、観念的平和主義の欺瞞を等閑し、あまつさえ同調すらしている。某有名女優等のような無知の化身のごときである。

 三島がいった「断弦の時」は、江藤淳の「わすれたことと わすれさせられたこと」〔1〕に見ることができる。江藤は、同書に続き、「一九四六年憲法 その拘束」、「閉された言語空間」を上梓している。GHQによる日本及び日本人の解体過程を、膨大な資料の精査によって分析したこの三部作は、江藤の代表作であり現代人の必読の書ではないだろうか。

 敗戦直後の新聞は健全であった。そのままその空間が保たれていたら、「断弦の時」もなく、ここまで無残に日本人の精神が蝕まれることはなかっただろう。

 海軍は漸減迎撃作戦を投擲し、無謀にも戦線を拡大させ壊滅に近い状況にあったが、国内には、陸軍225万、海軍120万の兵力が温存され、戦意を維持した上での条件降伏だった。下記記事の最後の「日本民族は敗れはしなかった」というのは、負け惜しみではなく国民はそう思っていた。戦争とは国と国の戦いであり、敗戦革命を企てていた共産主義者等一部の者を除けば国民は一丸となって戦ったのである。

 8月15日の民草の表情を、朝日新聞は次のように報じている。
 昭和20年8月16日 朝日新聞二面
 
二重橋に赤子(せきし)の群れ/立ち上がる日本民族/苦難突破の民草の声
 ・・・静かなやうでありながら、そこには嵐があった。国民の激しい感情の嵐であつた。広場の柵をつかまへて泣き叫んでゐる少女があつた。日本人である。みんな日本人である。この日正午その耳に拝した玉音が深く深く胸に刻みこまれてゐるのである。
 あゝけふこの日、このやうや天皇陛下のお言葉を聴かうとは誰が想像してゐたであらう。
 戦争は勝てる。国民の一人一人があらん限りの力を出し尽くせば、大東亜戦争は必ず勝てる。さう思ひ、さう信じて、この人達はきのふまで空襲も怖れず戦つてきたのである。それがこんなことになつた。あれだけ長い間苦しみを苦しみともせず耐へ抜いて来た戦ひであつた。
 泣けるのは当然である。群衆の中から歌声が流れはじめた。「海ゆかば」の歌である。一人が歌ひはじめると、すべての者が泣きじやくりながらこれに唱和した。「大君の辺にこそ死なめかへりみはせじ」この歌もまた大内山へと流れて行つた。またちがつた歌声が右の方から起つた。「君ヶ代」である。歌はまたみんなに唱和された。あゝ、天皇陛下の御耳に届き参らせたであらうか。
 天皇陛下、お許しください。
 天皇陛下!悲痛な叫びがあちこちらから聞えた。一人の青年が起つ上つて、「天皇陛下万歳」とあらん限りの声をふりしぼつて奉唱した。群衆の後の方でまた「天皇陛下万歳」の声が起つた。将校と学生であつた。
 土下座の群衆は立ち去らうともしなかつた。歌つては泣き泣いてまた歌つた。通勤時間に、この群衆は二重橋前を埋め尽くしてゐた。けふもあすもこの国民の声は続くであらう。あすもあさつても「海ゆかば・・・・・」は歌ひはつゞけられるであらう。
 民族の声である。大御心を奉戴し、苦難の生活に突進せんとする民草の声である。日本民族は敗れはしなかつた。
 〔1〕

 ところが、GHQによって発行停止された後の朝日新聞では、これが同じ新聞かと思うほど豹変する。

 昭和20年9月22日 朝日新聞社説
 
戦争の責任果たして如何
・・・国民総懺悔といひ、戦争の責任は国民全体の頒(わか)つべきものだといふ。それは成程さうである。しかし、一面国民は、既に戦争の結果として流血と災害を身をもつて負担してゐることも事実である。
 もし国に戦争に対する責任ありとすれば、それは武断政治による我国内治、外交の壟断を許したことに最も多く存するとも見られよう。しからば、国民がその責任を自覚し、その責任より生ずる任務を果すには、かゝる武断政治の宿弊を爬羅剔抉(はらてっけつ)し、その根絶に努め、そして国民自ら政治的自由を取戻し、これを確固不動のものたらしめることになければならぬ。
 今や我軍閥の非違、天日を蔽ふに足らず、更に軍閥の強権を利用して行政を壟断したる者、軍閥を援助し、これと協力して私利を追求したる者などの罪過も、ともに国民の名において糾弾しなければならぬ。
 翕然(きゅうぜん)たる国民の声、結集された国民の力を加へることによつてのみ、好戦的、専制的、強圧的、非国民的諸勢力の絶滅が期し得られ、同時に政治の転換、刷新が成就されるのである。
 軍国主義の絶滅は、同時に民主主義の途である。敗戦の教訓を無為にしないためには、国民は是非ともこの道程を突破しなければならない。国民は、これ以上逡巡してはならないし、また決して逡巡しないであらう。

 〔1〕

 戦争を煽りに煽って戦意を昂揚させ、国民一体となって戦っていた(はずの)朝日新聞が、僅か一ヶ月で梯子を外してこの豹変である。とても、同じ日本人が書いた記事とは思えない。というのは、9月のこの時期は、敗戦後最初のお彼岸をむかえ、国民は死者に華を手向けて香煙の中にいたのである。
 江藤淳は、「ここには、『国内の・・・・相克』を恥じる廉恥の情も、同胞を裁く悲しみもなく、別して戦死者への涙がまったく感じられない」と慨嘆している。

 僅か一カ月の「断弦の時」を経て、朝日新聞は同胞を糾弾する勝者の側に立ち、以後今日まで、「南京事件」、「政治家の靖国参拝」、「従軍慰安婦」等々と、同胞を貶めてきた。心地よい戦勝国側の裁きに便乗して、観念的平和主義が蔓延り、某有名女優のように無知であるがゆえに、観念的平和をも満喫できる輩が増殖してきた。
 極東の無法国家は、情報戦に長けている。彼等がこの状況に手を拱いていることはなかろう。

 「ユビキタス」があらためて言われないほどに、ネットの利用は多様化した。情報を独占し、巧妙に国民を誘導してきた朝日等の牙城にもヒビが入ってきている。あらゆる既存のマスメディアは淘汰されていくだろう。
 そうならなければ、310万の戦没者はうかばれまい。ネット時代を生きる人たちの出番である。


 参考文献 
〔1〕江藤淳著「忘れたことと 忘れさせられたこと」文春文庫 1996.1.10


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