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税理士・社会保険労務士
青山税理士事務所
  

歴史を奪われた民族は滅びる

断弦の時を越えて

重要なのは〈歴史を奪はれた民族は滅びる〉との有名な命題の裏返しとして、今我々は民族として生き延びるための条件である、忘却を強ひられた歴史の記憶を我が手に取り戻す事業を推進しなければならない、この一事である。
 http://www.sankei.com/column/news/160803/clm1608030006-n4.html 

 今日は広島にウラン型原子爆弾が投下された日である。そして、9日には長崎にプルトニウム型原子爆弾が投下された。広島で14万人、長崎で7万人が死亡し、約16万人が重軽傷を負い、その後も多くの人々が原爆症による放射線障害に苦しむことになった。

 8月6日を「広島の日」、8月9日を「長崎の日」、8月15日を「敗戦の日」として、「国民の祝日」としていたらどうなっただろう。
 この日を迎える度に殉難者を思い、英霊の気高い精神に触れ、今のように「平和ボケ」が蔓延することもなかったのではなかろうか。

 アメリカに倣った「ハッピーマンデー法」によって、1月15日の「成人の日」が第二月曜日になって、7月の第三月曜日が「海の日」となり、今年から8月11日は「山の日」だそうである。

 そもそも冠婚葬祭とは古来の四大礼式で、「冠」は頭に冠をつける元服をいう。旧暦では大正月(朔旦正月)に歳を重ねていたが、新月で月が見えない陰気さから、望月(満月)である15日を元服の祝いの日にしたのである。
 また、大正月に対し、1月15日は小正月といわれ、女正月でもあり女性の休日だった。門松や注連縄も小正月にお焚き上げして、小正月までを松の内として正月の区切りとしていたのである。
 こういう歴史から生まれた「成人の日」が単なる第二月曜日であるなら、それは休日であって、もはや「祝日」というべきではなかろう。かくて、国旗を掲揚する理由などないのである。

 GHQに押し付けられた英文和訳憲法の施行日が、現在の憲法記念日になっている。ちなみに、この視点で敷衍すると、大日本帝国憲法や五箇条の御誓文、あるい聖徳太子の十七条憲法にちなんだ日を憲法記念日にしていれば、おそらく憲法改正論議もまったく異なった経過を辿ったことだろう。これが歴史の重みというものである。

 8月6日は、靖国神社で二回目の「済南・通州両事件殉難者慰霊祭」が民間有志によって行わるようだ。松山の地より、出席される有志の皆様に衷心より謝意を表したいと思う。
 5月3日、英文和訳憲法の施行日は、済南事件(1928年)が起きた日である。

 1917年のロシア革命の影響はシナ大陸でもすさまじく、共産主義の影響を受けた暴徒の狼藉が繰り返された。1920年にロシア人、朝鮮人及びシナ人約四千の共産パルチザンが、尼港(にこう・現ニコライエフスク)にいた日本人居留民約700名を虐殺した「尼港事件」が起き、1928年5月3日も、国民党兵士による日本人居留民等に対する残虐非道な「済南事件」と続くのである。
 1937年7月29日の「通洲事件」でも、国民党軍による日本軍の通州守備隊や日本人居留民に対する猟奇的な殺害や処刑等が繰り返された。これら一連の事件は内地の日本人に深い心の傷を残すのである。

 1937年8月13日の第二次上海事変から近衛声明へ、そして支那事変の泥沼に足をとられていくことになる。日本の命運を決したこの重大な分岐点を蔑ろにすれば、21世紀の最大のリスクといわれる極東に住む民族の滅びは避けられないだろう。歴史は繋がり、そして、繰り返されるのである。

 共産主義者・尾崎秀實等の巧妙な世論誘導もあったけれど、事変不拡大を主張する石原莞爾のような天才的な戦略家もいたのである。民間には、仲小路彰(なかしょうじ あきら)のように、世界を俯瞰した卓抜な戦略を描ける稀有な人材もいた。今からみれば、石原莞爾や仲小路彰を、何故重用しなかったのかと悔やまれるのだけれど、天才よりも、参謀本部や軍令部の小粒な軍務官僚に付和雷同するものが多かったということだろう。
 とどのつまり、コミンテルンの謀略に操られた近衛文麿が、「国民政府を対手とせず」の声明を発することで後戻りができなくなった。シナ事変長期化の決断は近衛首相であり、軍務官僚ではない。

 いずれにしても、「尼港事件」、「済南事件」及び「通洲事件」を語らずして、当時の国民感情というものを忖度することはできない。
 現在もそうだが、シナ人の暴虐さは日本人の想像を超えている。異民族による混血が繰り返されてきたシナ大陸では、中原を制した者が漢人なのである。易姓革命を繰り返し、力によって征服した者に、後付けの「徳」が与えられる。力こそ正義であり、力によってのみ歴史はつくられる。
 東シナ海、南シナ海におけるチャイナの行動もこの延長にある。チャイナの歴史は、あとから正当化する歴史である。こういう国に、歴史の真実をいくら説いても通じることはない。

 「尼港事件」における日本軍の自重が「済南事件」を生み、シナ人に対する認識不足が、「通洲事件」に繋がった。
 これらの事件による国民感情の昂揚が稀有な戦略家を放擲し、山本五十六等のような凡庸な軍務官僚が敗戦へ導くことになった。

 クラウゼヴィッツが「戦争は他の手段も持ってする政治の実行」といったように、戦争は国家の行為であり政治である。国民は敗戦の罪を特定の者に転嫁して、第三者でいることはできない。一人一人が敗戦の歴史の総括をすべきであろう。

 石原莞爾や仲小路彰のような天才的な戦略家の主張を何故等閑したのか。
 私は、戦時予算に群がる軍務官僚の私利私欲が石原莞爾、仲小路彰を遠ざけ、シナ事変を継続させたと思っている。凡庸な軍務官僚が拠りどころにしたのは、「通洲事件」等に憤る国民の声であり、舞台で踊らされたのが近衛文麿あり、脚本家・演出家が尾崎秀實等の共産主義者だった。

 先月の東京都知事選挙において、鳥越氏という知性の欠片もないジャーナリストが立候補した。乏しい資質以上に驚いたのは、なんと、130万票以上とったことである。
 つくずく民主主義は恐ろしいと思う。正邪の判断ができない人と、そうでない人と同じ1票で結果が決まる。

 チャイナは日本と異なり自重しない、もう遅すぎるかもしれないけれども、一日でも早く攻撃できる軍事力を持たなければならない。このままでは、ほんとうに「カエルの楽園」になってしまう。
 相手を殲滅できる攻撃力こそ抑止力なのである。シナ人への認識を再度誤ってはならない。謀略の尖兵は日本のマスメディアにいる日本人?なのである。

 今日は「広島の日」、9日は「長崎の日」である。
 
安らかに眠ってください 「私たちは」 過ちはくりかえしませぬから



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