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税理士・社会保険労務士
青山税理士事務所
  

民族のアイデンティティー



民族は自分の領土を持ってはじめて、完全に人間らしく、完全に自分自身になれる

 産業革命の初期のころから、国家間の経済的な相互依存度は、国家主義的な情熱よりも優先するといわれてきた。
 1909年、英国のジャーナリストのノーマン・エンジェルも「大いなる幻想」において、ヨーロッパのような濃密な経済関係の下では、もはや大国間の武力紛争は起きないだろうといった。
 しかし、グローバル化の頂点において第一次世界大戦が勃発した。そして、ドラッガーである。

 この2000年を見る限り、政治的な情熱と国民国家の政治が、経済的な合理性と衝突したときは、必ず政治的な情熱と国民国家の方が勝利してきている。
 〔1〕248頁

 かつて、六つの共和国・五つの民族・四つの言語・三つの宗教といわれた、多様性国家ユーゴスラビア社会主義連邦共和国が、チトーという求心力を失い分裂の道を歩んだように、アメリカの国力衰退によってパワーバランスが崩れ、今後世界は多極化、多文明化するといわれている。
 さて、世界は経済的合理性(グローバリズム)を受け入れるのだろうか。それとも、政治的な情熱や、国民国家が勝るのだろうか。

 言語、歴史、宗教、生活習慣及び社会制度等の文化、あるいは最も広い文化のまとまりを文明というなら、異なった文明の対立がEUの「移民拒否」となっている。
 文明こそ、私たちが戦後否定してきた「日本的なもの」なのである。
「日本的なもの」を失い、軍事力を拒否して、グローバリズムに対抗することは出来ないし、独裁国家の侵略を防ぐこともできはしない。

  極東の海で囲まれた国土は、日米安保の下、軽武装による経済発展という冷戦の恩恵を受けることが出来た。この二度とありえないという状況を認識出来なかった人々が、「平和ボケ」になった。「平和ボケ」を糊塗するために、戦争反対、軍国主義反対という認知的不協和になり情報戦争の票的にされている。
 大東亜戦争は国土を守る戦いであった。310万の戦没者の犠牲の上に今の安寧がある。国民に国を守るという意志がなければ、やがて日本は、中国人や朝鮮人の支配する国になるだろう。
 そのときはじめて、クリミア・タタールやクルド人の気持ちがわかる。

 私達の故郷は身近にあり、そこには親族や幼友達が生活していたりする。思い立てばいつでも帰ることができるし、故郷はあたかも渇きを癒す水のように、心の渇きを癒してくれる。しかし、その故郷が中国人の町になってしまったらどうだろう。
 世界の各地では、民族のアイデンティティーの根源の地に執着し、その土地に定住することを民族の悲願とする人たちが多くいる。

 クリミア・タタールは千年の昔からクリミア半島に住んでいたイスラム教徒である。スターリンにより中央アジアに強制移送させられ、ゴルバチョフ時代、正義と故郷の生還を訴え、赤の広場ではじめてすわり込みをしたのもクリミア・タタールだ。彼らが、先祖の地の首都バフチサライ周辺の丘陵に続々と戻り始めているという。現在、クリミア住民の58.32%がロシア人、24.32%がウクライナ人で、12.10%がタタール人だそうである。
 尚、タタール人はモンゴル系・ツングース系等の様々な民族をいい、日本では韃靼人といわれた。現在はテュルク系がタタールを称している。

 ・・・・政治的にはどんな望みをお持ちですか?わたしは訊いた。
 クリミア・タタール共和国がほしいんです。1939年までクリミア・タタールが持っていたもの、自治共和国の地位がほしい。ロシア人やウクライナ人を追い出そうとは思わない、でも、タタール共和国がほしいんです。でも、タタール語を公用語として認めてほしい。学校や社会を自分たちで管理したい、クリミア全体をタタール人の祖国と認めてほしい。「領土がどうのこうのと言うんじゃない、民族自決権がほしいんです」とひとりが言った。
 部屋着の母親が、ぼろぼろになった一枚の茶色い紙片を取り出して、テーブルごしに送ってきた。スターリン時代の、彼女の出生証明書だ。
 1930年代のはじめ、クリミアが自治共和国であったころのものである。彼女が言いたいのは、それが二つの言語、ロシア語とタタール語で書かれているという点だ。「あたしたちがほしいのはこれなんです」彼女は腕組みして言った。「むかし持っていたもの」、・・・・・

 〔3〕191頁

 ・・・・・ある人々がここは自分たちの土地であると信じている。その思いを阻止することができようか。人々が自分の国をほしいと思う、その気持ちを阻止することができようか。トルコのクルド人たちは、すぐ隣に、クルド人がクルド人でいられる小さな自治区のあることを知っている。クルド人がクルド人であることがどういうことかも知っている。・・・・・
 ・・・・・トルコ=イラクの国境地帯で、わたしははじめて、自分の土地を持つ人々と持たぬ人々との、心のありようの差を実感した。持てる人々の精神は解放されているけれども、持たざる人々の心臓は恐怖で動悸を打っている。持てる者は、「アロー、ミステア」と大声で挨拶を寄越してくるが、持たざる者は、面倒を恐れて外国人との接触に尻込みする。・・・・・ナショナリストはようくわかっているのであるーーー民族は、自分の領土を持ってはじめて、完全に人間らしく、完全に自分自身になれるのだと・・・・・

 〔3〕299・300頁  

 クルド人は現在国家を持たない最大の民族といわれ、トルコ、シリア、イラン、イラク及びアルメニアの国境付近の旧オスマン帝国内に居住していたが、第一次世界大戦後、イギリスとフランスの利害による国境の線引きのため、民族は無残にも分断され苦難の歴史を辿っている。


 国(ステイト)に対する人々(ネイション)の忠誠心がナショナリズムなのであり、ナショナリズムとは、ネイションのステイトに対する健全な精神のことである。
 ナショナリズムは領土に根差し、そこからアイデンティティーが生まれる。

 平和とは、そこにあるものではなく、勝ち取るものであり、護るものであろう。pacで始まる英語はラテン語のpax(平和)に由来する。 pacifyには制圧するという意味がある。

 参考文献
 〔1〕ピーター・F・ドラッガー「ネクスト・ソサイエティ」上田惇生訳
   ダイヤモンド社第2刷、2002年
 〔2〕サミュエル・ハンチントン「文明の衝突」鈴木主税訳 集英社第3刷、1998年
 〔3〕マイケル・イグナティエフ「民族はなぜ殺し合うのか」幸田敦子訳 河出書房新社初版 1996年



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